カホオラウエ島はハワイ諸島に含まれる島のひとつである。
概要
カホオラウェ島はマウイ島の沖合13km程にある。面積は約116km2であり、ハワイ諸島の主要8島では最も小さい。900年ほど前からハワイ人が住んだ島であるが、乾燥がひどく、農作物が生育しにくかったといわれる。
統一ハワイ王朝が成立する頃には度重なる戦争の影響で島の土地が荒廃し、殆ど無人の島となった。カメハメハ3世はこの島を流刑地として使用した。
20世紀に入るとハワイ自治政府はカホオラウェ島を森林保護区として、自然を回復させようとした。しかしすぐにこの島はアメリカ人の資本家に貸与され、牧場に転用される。ところがこの島には干魃が定期的にやって来るので、結局は牧場も撤退してしまった。やがて太平洋戦争が勃発。カホオラウェ島は米軍の演習地として接収された。米軍はこの島を上陸作戦の演習場として使用。朝鮮戦争・ベトナム戦争時には戦闘爆撃機による対地攻撃の演習場となった。 |
|
|
1976年、先住ハワイ人たちの間でカホオラウェ島を取り戻そうという動きが始まる。その結果、1991年に米軍の演習が終了。1993年に島はハワイ州政府に返還された。この時、島全体が「先住ハワイ人の文化的・宗教的活動にのみ使用される」ことも決まり、この島での営利活動は一切禁じられた。
現在もカホオラウェ島では演習の残骸除去と植生の回復活動が行われているが、既に先住ハワイ人の活動家の中にはこの島に居を構えている者も存在している。
航海術との関わり
郷土史研究家たちによる近年の研究では、この島には航海カヌーを操る航法師たちの訓練施設があったのではないかとも考えられている。実際、ラナイ島とカホオラウェ島の間の海峡は「タヒチへの途」(ケアライカヒキ)と呼ばれている。1977年にはホクレアによって、この海峡から進発してタヒチへの航路に乗れるかどうかを検証する実験航海も行われた。
2004年10月、ハワイ諸島に伝統的な航海術(スター・ナヴィゲーション)が復活する礎を築いたミクロネシア連邦の航海者マウ・ピアイルック(「パパ・マウ」と呼ばれる)はこの島に教え子たちを集め、以後ハワイ諸島から遠洋航海に出発する際には必ずこの島で先祖に祈りを捧げるよう授戒した。 。
|